金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の酒井克也准教授,がん進展制御研究所のロハス=シャベラ?ニコル研究員,WPI-NanoLSIの松本邦夫特任教授らの研究グループは,環状ペプチドとタンパク質工学の融合技術を用いて,長期作動性で皮下投与が可能な人工肝細胞増殖因子(人工HGF)模倣分子を開発し,非アルコール性脂肪肝炎(NASH)による肝臓の線維化,脂質蓄積,炎症を改善することをマウスモデルで実証しました。この研究成果は,NASH治療薬の開発に向けた選択肢となるだけでなく, 薬物動態の改善を図った成長因子やサイトカイン模倣分子の創出技術としても期待されます。
NASHは,肝臓に脂肪が蓄積することで炎症や線維化が進行する肝疾患であり,肝硬変や肝癌などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。近年,肥満や糖尿病の増加に伴い,世界総人口に占めるNASH患者数の割合は25~30%と推定されており,新たな治療法の開発が急務となっています。
肝細胞増殖因子(HGF)(※1)は,c-Met受容体(※1)に結合することで働き,肝細胞の再生と保護に重要な役割を果たすことが知られています。NASHの治療薬としての可能性を秘めていますが,血中半減期が短く,投与方法が限られるという課題がありました。
今回,研究グループは,in vitro mRNA ディスプレイ法(※2)を用いてc-Met受容体に結合する大環状ペプチドを新規に取得し,それらを免疫グロブリンの結晶化可能領域(Fc)に導入することにより,c-Met受容体を活性化できるHGF模倣分子を開発しました。このHGF模倣分子は,Fcの性質により,血中循環半減期が延長し皮下投与が可能であるため,HGFの薬物動態上の欠点を克服しました。コリン欠乏高脂肪食でNASHを発症させたマウスに,HGF模倣分子を週に1回皮下投与したところ,対照群に比べ,肝臓の線維化,炎症,脂肪蓄積が有意に改善されました。
今回の研究成果は,NASH治療薬として新たな選択肢を提供するとともに,薬物動態の改善を図ることによって治療応用範囲を拡大した成長因子やサイトカイン模倣分子を作成する技術基盤を提供します。
図1:新規に取得したc-Met受容体結合大環状ペプチド(A)を免疫グロブリンFcのループ構造に移植(B)することでHGF模倣分子を開発した。?2024 Rojas-Chaverra, et al. Published by Elsevier Inc.(Licence: CC BY 4.0)
図2:HGF模倣分子は,HGFよりも顕著に長い血中動態を示し,皮下投与が可能で(A),肝臓の肝細胞においてc-Met受容体を活性化した(B)。?2024 Rojas-Chaverra, et al. Published by Elsevier Inc.(Licence: CC BY 4.0)
図3:マウスNASHモデルにおいて,HGF模倣分子の皮下投与は,肝臓の線維化,炎症,脂質蓄積を対照群と比較して有意に改善し(A),代謝関連遺伝子群の発現増加など,肝機能の回復が認められた(B)。?2024 Rojas-Chaverra, et al. Published by Elsevier Inc.(Licence: CC BY 4.0)
【用語解説】
※1:肝細胞増殖因子(HGF),c-Met受容体
肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor)は,細胞の増殖,生存,運動を促進するタンパク質。c-Met受容体は,HGFと特異的に結合し,そのシグナルを細胞内に伝達する受容体。このシグナル伝達経路は,組織修復,胚発生,血管新生などさまざまな生物学的プロセスに関与する。
※2:in vitro mRNA ディスプレイ法
無細胞翻訳系でランダムなmRNAライブラリからペプチドやタンパク質を翻訳し,標的との結合で選択的にmRNA富裕化して回収する。この選択を繰り返すことで,標的と強く結合するペプチドやタンパク質を獲得する方法。
ジャーナル名:iScience