金沢大学医薬保健研究域医学系消化器内科学の山下太郎教授は,国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉,東京都中央区)研究所(所長:間野博行)がん幹細胞研究分野の増富健吉分野長,町谷充洋研究員,野村祥任意研修生(東海大学医学部医学科整形外科学助教)を中心とする共同研究グループとともに,テロメア(※1)と呼ばれる染色体末端を伸ばすことでがん化に関わる(図1 左)とされてきたテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)(※2) が,これまでとは異なる酵素活性によって,がん化を促進することを明らかにしました(図1 右)。がん細胞は増殖する過程で,細胞死につながるゲノム異常(※3)が蓄積しますが,hTERT が RNA を合成することで,そのゲノム異常を排除することを見出しました(図1 右)。すなわち,この hTERT の新たな機能は,ゲノムを修復して,がん細胞の生存を促進していました。
hTERTの存在を,さまざまながん細胞で調べたところ,この仕組みは,hTERT が存在しないと思われていた肉腫(※4)でも確認されました。さらに,この hTERT の新たな機能を阻害することで,がん細胞は生存できなくなり,死滅することが明らかになりました。これらの結果から,今後,hTERT のゲノム修復機能を標的にした新たながん治療法の開発につながることが期待されます。
本共同研究グループは,東海大学医学部医学科外科学系整形外科学の渡辺雅彦教授,同?医学科2基礎医学系分子生命科学の谷口俊恭教授,がん研究会がん研究所がん生物部の斉藤典子部長,東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成教授らにより構成されたグループです。
本研究成果は,2024 年 5 月 28 日に英国科学誌『Nature Cell Biology』に掲載されました。
図 1:テロメラーゼ逆転写酵素によるゲノム制御機構の発見
左: テロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)によりテロメアを維持する機能。
右: 新たな酵素活性(RNA 合成活性)が,がん細胞にとって有害となる異常なゲノム構造を排除。
【発表のポイント】
- テロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)は,がんの発生や進展に広く関与していることが知られていますが,hTERT が新たな機序でがん化を促進することを明らかにしました。
- 元来,hTERT はテロメアと呼ばれる染色体末端を伸ばすことでがん化に関わるとされてきましたが,本研究は,hTERT が,がん細胞にとって有害なゲノム異常を排除し,がんの生存に有利に作用していることを発見しました。
- 多数のがん種を調べたところ,従来 hTERT が存在しないとされていた肉腫でも,この機能が確認されました。
- 今回発見した hTERT の新たな機能を阻害したところ,がん細胞が死滅することも確認され,hTERT の新たな機能を標的にした治療法の開発につながることが期待されます。
【用語解説】
※1:テロメア
染色体 DNA の末端にある構造で、染色体末端を保護する機能を持つ。哺乳類では TTAGGG の塩基の繰り返し配列とタンパク質から成る。正常細胞は分裂するたびにテロメアが少しずつ短くなり、細胞分裂の停止につながる。一方で、がん細胞は、テロメアを伸長させる酵素であるテロメラーゼの発現上昇や、隣り合うテロメア配列同士をコピーする相同組換えという機序でテロメアの短縮を防いでいる。
※2:テロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)
テロメラーゼは、テロメアとよばれる染色体 DNA の末端に特徴的な反復配列を付加する酵素であり、多くのがんで発現が上昇し、がん細胞の不死化につながる。テロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)は、テロメラーゼの主要サブユニットの一つで、テロメアに TTAGGG を付加する活性を示す。近年、テロメラーゼに関連しない hTERT の新たな機能が明らかになり、分子機序などに関する解明が進められていた。
※3:ゲノム異常
我々の遺伝情報が格納されているゲノム DNA に生じる有害な変化。ゲノム DNA を構成する塩基の挿入、欠失、置換などの変異や特定の DNA が複数生じるコピー数異常が知られている。その他に、通常の二本鎖 DNA の構造が変化する構造異常も含まれる。
※4:肉腫
全身の骨や軟部組織(筋肉、脂肪など)から発生する悪性腫瘍。代表的なものとして、骨肉腫、軟骨肉腫、脂肪肉腫、平滑筋肉腫などがある。発生頻度は、悪性腫瘍全体の 1%以下であり、希少がんである。
ジャーナル:Nature Cell Biology
研究者情報:山下 太郎