光駆動型セミピナコール転位反応の開発に成功
―複雑なカルボニル化合物の自在合成に期待―

掲載日:2022-5-24
研究

 金沢大学医薬保健研究域薬学系の長尾一哲助教,大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士前期課程2年(研究当時)の古戸大芽さん,京都大学化学研究所の大宮寛久教授らの共同研究グループは,青色LEDと,金属を含まない有機光酸化還元触媒(※1)によって駆動する転位反応(※2)を開発し,複雑なカルボニル(※3)化合物を自在に合成することに成功しました。

 転位反応は通常の化学結合形成反応では実現困難な「分子構造の骨格組み換え」が実現できるため,複雑な生理活性天然物(※4)の全合成に古くから用いられてきました。中でも,各種有用化学品の合成に適用できる「セミピナコール転位」(※5)は,a-ヒドロキシカルボカチオン(※6)を共通中間体とし,かさ高いカルボニル化合物を与える転位反応の一つとして知られています(図1右)。しかし,転位反応のための出発原料の供給が困難であることや,カルボカチオンを発生させるためには強力な酸性もしくは酸化条件が必要であることといった問題点がありました(図1左上)。

 本研究では,青色LEDと有機光酸化還元触媒を活用することで,容易に合成可能なb-ヒドロキシカルボン酸(※7)誘導体が,従来法より穏和な反応条件でセミピナコール転位を起こすことを見出しました(図1左下)。本手法により,複雑なカルボニル化合物を迅速かつ高効率で供給することができ,生理活性天然物の全合成や創薬研究の加速につながると期待されます。

 本研究成果は,2022年5月13日(現地時刻)に国際学術誌『Nature Communications』にオンライン掲載されました。

本研究の概要図:青色LEDと有機光酸化還元触媒によるセミピナコール転位反応

図1. 従来法と本手法の比較

図2. 本手法の反応機構

有機光酸化還元触媒により1電子移動を制御することで,カルボカチオン種を温和な条件下で発生することに成功。

図3. 環拡大反応への応用

12員環や6員環のケトンと脂肪族カルボン酸から合成したb-ヒドロキシカルボン酸誘導体を基質として本手法に適用すると,出発原料から形式的に1炭素拡大した環状ケトンを得ることが可能となった。

【用語解説】
 ※1 有機光酸化還元触媒 光を吸収して他の分子と一電子酸化および還元を起こす触媒のことを指す。有機光酸化還元触媒は主に炭素,水素,窒素,硫黄などで構成され,金属原子を含まない光酸化還元触媒を指す。

※2 転位反応 化合物を構成する原子または置換基が結合位置を変え,分子構造の骨格変化を生じる化学反応。

※3 カルボニル C=O構造を持つ有機化合物。

※4 生理活性天然物  生理活性をもつ天然物

※5セミピコナール転位 1,2-ジオールが酸によって脱水しながら置換基の転位を起こしカルボニル化合物を与える反応のことを「ピナコール転位」という。1,2-ジオールの片側のOH(ヒドロキシ)基が脱離しやすい官能基に置き換えた分子での同形式の転位を「セミピナコール転位」という。

※6 a-ヒドロキシカルボカチオン カルボカチオンとは炭素原子上に正の電荷を持つ化学種のことを指す。a-ヒドロキシカルボカチオンは,正の電荷を持つ炭素原子の隣の炭素がOH(ヒドロキシ)基を持つカルボカチオン。

※7 b-ヒドロキシカルボン酸 カルボン酸はCOOH構造を持つ有機化合物。b-ヒドロキシカルボン酸は,COOHの置換している炭素の隣の炭素がOH(ヒドロキシ)基を持つカルボン酸。

 

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Nature Communications

研究者情報:長尾 一哲

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